目次
第一章
はじめに
第二章
現代の癒しブームの現状
第三章
村上春樹について
第四章
村上春樹の受け入れられ方
第五章
村上春樹の小説の精神性
第六章
村上春樹を現代社会
参考資料文献
付録(読書世論長さ毎日新聞社)
第一章
はじめに
現代社会は、「癒しブーム」と言われているが、多くの人々が「癒し」を求め、そういったカテゴリーの商品はこの低迷する日本経済の中で唯一売れるものとして、各企業に注目されている。「癒し」がキーワードとして取り上げられてから結構たつが、まだブームは去っていないように思える。
なぜ、人々が「癒し」を求めるのだろうか。そして、その求める先とされているものはどういったものだろうか。そういった疑問は自然と出てくる。けれども、ひとそれぞれ「癒されるもの」というのは違う。例えば、音楽の例をあげると、ゆっくりとしたクラシックを聴くと癒されるいう人もいるだろうし、それだと落ち着かないという人もいる。反対にテンポの速い、うるさい音楽を聞いた方が落ち着くという人もいるだろう。それどころか、音楽に興味のない人は音楽を聞いていても癒されることはない人だっているわけだ。このように、それこそ星の数ほど「癒されるもの」というのは人それぞれにあるに違いない。それを一つ一つ取り上げていったのではきりがないので、自分自身の経験から、「癒されたもの」を選んで、それをきっかけとして「癒しブーム」を分析してみたいと思う。個人的なことを言うと、多くの場合、そういったものを本に求めることが多かったそして「癒し」という言葉ですぐに自分が連想するものがほんであったのだ。そして特に、自分が読んでいた作者は「村上春樹」という作家であった。日本の他の作者にはまったく興味を示さなかったわけではないが、日本の文学を嫌って、アメリカ文学に傾倒していた彼の作品は、文体などの面でもすんなり入れてという点でも気に入った理由としてあるだろう。しkっし、やはり、彼の作品を読んでいたのには「癒し」を求めてというところのものが多かったように思える。彼の本を読んで共感し、深く考えることもあった。本がそのような役割を果たすということは、やはり、その内容になんらかの「癒す」要素があるに違いないというところに注目した。
このような、個人的な経験から村上春樹の小説から癒されるということ、それを一般的なところまで広げて、村上春樹のような「癒し」となりえるものがどのように社会に受け入れられているのか、また、なぜ「癒し」となりえるのか、そして「癒しブーム」とは、という点についても分析を加えていきたいと思う。
第二章
現代の癒しブームの現状
近年、いまだに,TV、新聞、雑誌などのメディア等において、「癒し」、または「癒しブーム」といった言葉を聞いたり読んだりする機会が多いような気がする。そして、これも近代の現象であると思うのだが、各ジャンルにおいて「癒し系」というカテゴリーが定着化されてきた感がある。初めは某TVCMで使用されていた音楽が「癒し系」の音楽と呼ばれたことに端を発していると思われるが、それ以前にもヒーリングミュージックとしてのカテゴリーに入っていた種類の音楽、例えば一部のクラシックなども新たに「癒し系」のカテゴリーの中の音楽として、認識されてきたのである。音楽のジャンルの中だけの話ではない。例をあげると、リラクゼーションやヒーリングを主な目的としたお香や入浴剤などの商品も「癒し系グッズ」としてカテゴリー化されたし、子供向けのキャラクターグッズやアイボを代表とした擬似ペットもその「癒し系グッズ」の中に入れられている。さらには、TV女優の中でも「癒し系女優」と呼ばれる人々が現れたほどだ。メディアの例のごとく簡単に物事に対してレッテルを貼り、それだけを毎日毎日注目して放送するという、例えば、十六歳に満たない人が起こした犯罪を一様に少年犯罪と位置付けたり、いじめの問題が表面化すれば、以前は取り上げなかったようないじめの事件ばかりを取り上げて報道したりするという、そのような種類のものもあると思うが、「癒し」というカテゴリーがあらゆるジャンルにおいて浸透しているのは確かである。また、その現象は「癒しブーム」という社会現象として捉えられているのである。
以前、というかつい最近の話ではあるが「心理学ブーム」というのがあった。日本において、精神分析、精神世界系も含めた本が売れ始めたのは八十年代のことであるが「心理学ブーム」それと種類を同じくする、「新興宗教」「自己啓発セミナー」などの言葉をよく聞くようになったのは九十年代に入ってからであると記憶している。全国の大学の心理学部の入試倍率が急激に上がったり、簡単な心理テストを主体とするテレビ番組が放送されたりしたのもこの時期である。カウンセラー、臨床心理士などの面から見てみても、一九八八年には臨床心理士の資格認定制度が発足し、一九九五年には学校臨床心理士の派遣が始まっている。同じ年に起きた阪神・淡路大震災において震災の後のPTSD(外傷後ストレス障害)が問題となり、その治療法としてカウンセリングが用いられたことで、改めて注目された。こうした流れを見てみると、近年、身の回りで起きている「癒しブーム」とは、八〇年代から九〇年代にかけての精神分析〜心理学ブームの流れを源流に持つ社会現象であると捉えられることができるのではないだろうか。現代社会の人間の視点が心に向き始めていたと言うのは確かなことであり、一連のカウンセリングなどの知識をそれぞれが持ったことによって、心の病の解決法としてセルフカウンセリングという選択肢が出現し、カウンセリングという大げさなものまで行かなくても、ある種の安らぎを求めるようになったと考える。そうして人々の視点は「癒してくれるもの」へと向き、それが商品化された結果、「癒しグッズ」としてのマーケティング市場が形成されたものと思われる。評論家的な口調で言うならば、現代社会は病んでいるということになるのかもしれないがそれならばカウンセラーの需要がもっと増えるはずだし、心が癒されるぐらいでは解決しえない悩みを持った人々が多く表面化するはずである。しかし、このことはこうも言えるだろう。もちろん、カウンセリング等の治療が必要である程精神的に混乱をかかえている人はいるだろう。反面、その逆の立場の人々は精神的に完全なる健康であるのか。そうではないのである。「癒しグッズ」がひとつのマーケットとして成り立っているということは、それだけの需要があるということであり、一般の多くの人々でさえ、「癒し」を求めているということなのだ。現代社会は病んでいる、という表現よりも、こちらの方がきちんと説明できる。
溝上憲文氏はこう語る。「自殺者は近年、急増している。平成一〇年は前年に比べ三四・七パーセント増の三万人台を超え、さらに昨年も前年を上回る三万三千人に達した。」これは、現代社会が、河野友信氏の言う「ストレス過多時代」であるというだけでなく、人々のストレス耐性が弱まってきていることをも表している。常にそういう状態であるから、人々は生活の中で少しでも心の負担を軽くしようとし、何らかの形で「癒されよう」と考えるのは、ごく自然のことなのである。しかし、アメリカほどカウンセリングが実生活の中にまで普及していない日本では、カウンセリングに通うのは、自分がかなり重症であるとの実感がない限り難しい。自主的にカウンセリングに通えるほど自分の状態を認識しているならば、かえって、さほど心配はいらないと思えるほどだ。「癒しブーム」が近年、特に九十年代に入ってから、バブル崩壊後に起こったことは、以上のことにより納得できるであろう。長引く不況の中で、「心」というものへの治療にもなかなかお金を割けずに、けれどもストレスは募るばかり、という社会において、自分で気軽に「癒し」を得ることのできる「癒しグッズ」が多く売れるというのは、何の疑問も介在し得ない現象なのではないだろうか。
第三章
村上春樹について
まず、村上春樹氏について少し触れておきたいと思う。私は、前にも触れた通り、村上春樹氏の文章を読んで「癒された」という経験を持っているのだが、村上春樹氏がどのような作家であるのかというのを紹介したいと思う。しかも、ここでもう一度、そのことを再認識することで彼の理解にもつながると考えた。
村上春樹氏は一九四六年
彼は「村上春樹堂はいかにして鍛えられたか」の中で音楽の効用について述べており、あるミュージシャンのソロを聞いた後「僕の疲れは取れて、癒されていた。」という経験を語っている。彼にとって、音楽というのは主に、そのような効果をもたらしてくれるものだという印象が強い。一九七九年処女作「風の歌を聴け」を出版、群像新人文学賞受賞。JAZZ喫茶経営の片手間に小説を書き始めた彼は、このことをこう話している。「なぜ小説を書き始めたかというと、なぜだか僕もよくわからないのですが、ある日突然書きたくなったのです。」「それまでは小説を書こうということを考えたことはまったくなかった。」しかし、彼は突然小説を書こうと思い、仕事が終わったあと台所で書き始めたのが「風の歌を聴け」だったのである。翌年の一九八〇年にも「一九七三年のピンボール」を出版。その次の年に、やっと彼は専業小説家となり、それから一九八二年には長編小説として「羊をめぐる冒険」、一九八五年に「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」、その他にも短編小説集では、「中国行きのスロウ・ボート」「カンガルー日和」「蛍・納屋を焼く・その他短編」など、エッセイ集として「ウォーク・ドント・ラン」「夢であいましょう」「象工場のハッピーエンド」などを立て続けに出版する。
ここで、村上春樹氏が述べている、自分がなぜ小説を書き始めたのか、という点についてもう少し考えてみたいと思う。それまで、JAZZ喫茶を経営していた村上春樹氏が、突然小説を書き始め、一九七九年から怒涛のごとく本を書いている。その時彼にはいったい何が起きたのだろうか。前にも書いた通り、それは「突然」のことであり、彼自身にも「よくわからないこと」であったという。しかし、彼はその点について興味深い考察をしており、「今思えばそれはやはりある種の自己治療のステップだったのだと思うのです。」また、「書き終えたことで、何かフッと肩の荷が下りるということがありました」と述べている。彼がJAZZ喫茶を始めた時生活はかなり苦しかったという。エッセイにおいて彼は、冷蔵庫も、洗濯機もなかったと振り返る。開店するための資金も借金だったというから、その返済のために、働き詰めであっただろう。その中で彼は小説を書くことに癒しを求めたのである。親が学校の先生だったこともあり、本屋につけで本を買って読めたこともあって、小説というものが彼の近くに常に存在し、小説を書こうという思考が容易にできたのではないだろうか。心理学的に言うならば「昇華」、そして、箱庭療法ともつながりがあるこの行動について平山満紀氏の言葉を借りれば、「自己省察性が低く、自己表出性が高い」活動であり、「癒しを求めている自己について反省せずに直感的に表現を行なっていること」であるという。何らかの形で自分の思っていることなどを形にし、それが自分を癒すことであるとの認識が例えなくとも、それは一種の自己治癒活動であるというのだ。この点については村上春樹氏の小説における精神性の点の章でまた触れることになるが、とにかく、村上春樹氏の言葉にもある通り、彼の小説は「小説によって自分が癒されるということはあるわけですが、それにはもちろん同時に読者を癒すものでなくてはならないわけです。そうしないわけには小説として作用しません」という小説に対する認識の上にあるものであり、また「読者のある部分を多かれ少なかれ治療するもの」である。その、読者を癒すということがまた、作者を癒す、というものであるわけである。この認識については心にとめておく必要がある。
話を元に戻して、村上春樹氏の年表をもう一度たどっていくことにする。話を一度きったのには理由があり、一九八六年にはギリシャへ移住しそこで書き上げた作品が一九八七年、彼の代表作である「ノルウェーの森」として出版される。ここで村上春樹氏は一気にベストセラー作家としての認知がされたわけであり、多くの人に読まれるきっかけとなった、いわばターニングポイントとしての時期であるからだ。しかし、作家自身のスタイルは変化していないし、それはのちにむかえるので、その点は別に述べるとして、ここでは商業的、認知度という面でのターニングポイントとした。これは「読書世論調査」においても、数字ではっきりと出ていることである。これもまた村上春樹氏がどのように人々に受け入れられているのかを述べる章で詳しく触れることにして、ひとまずここでは年表の方を進めたいと思う。「ノルウェーの森」の大ヒットのあと、彼は少し作品のペースを減らして、一九八八年に「ダンス・ダンス・ダンス」一九九二年に「国境の南、太陽の西」の作品を出版する。その間に短編集の「TVピープル」を出しただけである。エッセイ集の資料によれば、この間、彼はさまざまな諸外国を回っていたようである。それについては、紀行文集の「遠い太鼓」「雨天炎天」を参考にされたい。ここで重要なのは、一九八六年以降の作品が外国でかかれたものであるということである。一九九四年には、前に述べたように、作者としてのターニングポイントである作品「ねじまき鳥のクロニクル」が出版される。この作品は一九九四年に一部、二部が出され、三部が一九九五年に出されたのだが、二部が出た時点でこの作品は完結したのか三部で果たして完結しているのだろうかなどという議論を呼んだ。この作品はその長さからも、「世界の終わりをハードボイルドワンダーランド」と似た要素という面からも、多くの批評家にこぞって論議されてきた感がある。しかも、興味深いのは作者自身、この作品が転換期であったと捉えている事である。「物語をやりだしてからは、物語が物語であるだけでうれしかったんですね。僕はたぶんそれで第二のステップまでいったと思うんです。」
「『ねじまき鳥とクロニクル』」は僕にとって第三のステップなのです。まず、アフォリズムデタッチメントがあって、次に物語を物語るという段階があって、やがてそれでも何か足りないというのが自分で分かってきたんです。そこの部分で、コミットメントが関わってくるんでしょうね。」と、彼自身語っている。アフォリズムとは、簡潔な言葉での社会描写であり、デタッチメンドは、ここでは関わらないこと。そしてコミットメントは関わること、の意味で、それが「ねじまき鳥のクロニクル」においての主題となっているのである。日本のべたべたなコミットメントのことを「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」において、彼は学生活動を例にあげて述べている。これは「ノルウェーの森」の小説の中でも学生活動が取り上げられている理由でもある。日本的なコミットメントというのはどうしても、一丸になってしまうきらいがあって、集会などに出席しないと「お前は付き合いが悪い」などと言われてしまう。彼はそのような日本的コミットメントが嫌だったようである。「日本にいる間はものすごく個人になりたい、要するに、色々な社会とかグループとか団体とか規制とか、そういうものからほんとに逃げて逃げて逃げまくりたいと考えて、大学を出ても会社にも勤めないし、一人でものを書いて生きてきて、文壇みたいなところもやはりしんどくて、結局ただ、ひとりで小説を書いてました」と、述べているように、日本とその社会とは完全にデタッチメントな立場をとり、外国に住居を移すまでであった。確かに、現代社会は「個人主義」と言われるように、周りとのコミュニケーションを密接にとるというようなことはなくなってきている。昔は、しょう油を借りに隣の家に、というようなことがあったようだが、今では隣に誰が住んでいるのかも分からないような状態なのである。そうしたデタッチメントな社会と作家自身の経験などを物語に置き換えたのが「羊をめぐる冒険」であり「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」であったのだ。両方ともの結末では、確かに孤独感が支配していて、主人公は一人きりである。喪失感、孤独感といったものでそれまでの村上春樹の物語の世界が支配されているのは、そのせいであると言える。ここまできたところで村上春樹氏は自分にリアリズムの文体をしっかりと身につけるために「ノルウェーの森」を書く。すなわち、加藤典洋氏によると「お新香やお茶漬けがでてこれる小説を、というのがあったんでしょう」ということであり、「それまで自分の小説は、そういうものが出てこられない小説だった。何か食べるとしてもチーズトーストとかね。でも、お茶漬けが出てくるような小説を書けるようにならないと、文体の幅は広がらない。だから、緑が町の本屋さんの娘だったり、出し巻きたまごやら煮物やらを色々作ったりする場面、ああいうところに実は大変な意味が作者にとっては込められたりする」という意味合いが、この小説の目的であったと言うのである。このことは前に紹介した作者自身の言葉にも表れていて、まさにこの通りであると考えられる。そして次の作品からそれまでの孤独、喪失感に支配されてばかりの作品世界が少し変わったような印象を受ける。それは「ねじまき鳥のクロニクル」という、村上春樹氏の言う「第三ステップ」へ移る、途中の段階であったと考えられる。「ダンス・ダンス・ダンス」では、ゆきを失った時、確かに主人公は喪失感を覚えるが、最後の場面ではユミヨシさんは壁の暗闇から戻ってくる。それまで、壁の向こう側に行った人間、向こう側に存在する人間の多くは失われてきた。しかし、この小説では失うことなく、最後に主人公は「ユミヨシさん朝だ」と言っている。そして「第三ステップ」である「ねじまき鳥のクロニクル」では壁の向こう側の世界に行ってしまったクミコの存在を自分の力で取り戻している。その、壁を抜けてクミコの存在に関わるという点、その取り戻すためにバットで殴り殺すという暴力を使用した点にこの作品の中心があるように思える。井戸に比喩された、精神の深いところ、そこまで潜っていって精神的な「壁抜け」をしなくてはならない。非常にエネルギーを使うものだ。そこには暴力がある。そしてその壁抜けの時点で「つながる」。これは自分にとって、阪神大震災を思い出させる村上春樹氏はこの小説を書く時点では遭遇していないけれど、そうした「自然の暴力」を受けて初めてボランティアといった面で「つながる」周りと助け合い、コミットメントする。そうしたことを考えてしまう。
以上、村上春樹氏の年表をたどる形で、作品について、その流れについて色々述べてきたわけだが「ねじまき鳥のクロニクル」の後にも、村上春樹氏は「レキシントンの幽霊」「神の子供達はみな踊る」という短編集、「スプートニクの恋人」という小説を書いている。これらの作品については出たばかりでまだ様々な批評を受けていない段階であるし、春樹氏自身からの何かしらのエピソードというのも出ていないため、作品がどういう立場のものであるのか、きちんとした居場所をまだ確保していないという理由から分析するには資料不足なので、ここでは控えておくことにした。取り合えず、それ以前の作品の流れと、そのモチーフとなった事柄などを作家自身の発言を大切にしながらたどっていった。
第四章 村上春樹の受け入れられ方
ここでは、村上春樹が一般の読者に、どのように受け入れられているかについて述べていきたいと思う。「現代社会」と村上春樹の関係を探る上で、その社会の中での村上春樹の位置、というものをしっかり確認しておかなければならないと考えた。特にこの論文では「癒し」と村上春樹の関係を論じていこうと考えているから、人々が村上春樹氏に、果たして「癒し」を求めているのか、という点をはっきりさせておきたい。なぜ村上春樹なのか、という突っ込んだ点については後々述べていくことにするとして、ここでは読者と村上春樹氏との関係を、自分の経験と、出版された著書の売れ方という点から、分析していきたいと思う。確実なデータを数字で示すために「読書世論調査」を使用した。使用した年それぞれのサンプルのデータは後ろにまとめた通り。地域、年齢、学歴、職業別に多数無作為に選んだ全国の一六才以上の男女が対象となっている。その年によってサンプル数、有効回答数などは違ってくるものの、調査方法については同じなので、それは次の通り。調査地点の選定は最初に全国の市区町村を@大都市(二三区と政令指定都市)A人口二〇万人以上の市B一〇万人以上で二〇万人未満の市C五万人以上で一〇万人未満の市D五万人未満の市E郡部F沖縄の7グループに分け、人口比率で六〇〇〇サンプルを再配布。調査地点の配分が不均衡にならないよう調整し、最終的には全体で三七五の地点を決めた。今回は職業別、地域別のデータによる分析は省いて、主に全体、そして細かい層別のデータは男女別のみを利用して分析することにした。
それでは、まずは一九八七年から始めていくことにする。この年は村上春樹氏が「ノルウェーの森」を出す一年前である。この年までにも彼は多くの作品を出してはいるけれども、この年の「一ヶ月に読んだ本」または、「好きな著者」のランキングの上位には姿を見せていない。「一ヶ月に読んだ本」の上位は、「サラダ記念日」「伊達正宗」「堀の中の懲りない面々」などが並んでいる。
次に、一九八八年に行きたいと思う。この年は「ノルウェーの森」を出版した年である。前に述べたとおり、この年を境に村上春樹はベストセラー作家となるわけである。それで詳しく見てみることとする。「一ヶ月に読んだ本」では、見事に一位に輝いている。それに続いて、前年一〇位だった「武田信玄」初登場の「優駿」前年九位だった「三国志」となっている。数の比較では「ノルウェーの森」が四九とダントツで、次の「武田信玄」が一五「優駿」が一一、「三国志」が一〇となっている。「ノルウェーの森」の男女比は、女性が三七、男性が一二と、明らかに女性に多くの支持を集めていることが分かる。これは小説自体が恋愛小説であることが、もっとも大きな理由と言えよう。二〇代の女性の多くの支持を集めたのもやはり恋愛小説であることと、しかも、主人公は大学生であり、簡単に自分との重ね合わせが出来たという点が上げられる。一般的に、小説を読むときは主人公を自分を重ね合わせて、共感して読むことが多い。主人公が自分に近い立場であったり、小説の舞台設定が自分の実生活を同じ様な舞台で会ったりすれば、のめり込むことは容易であるし、それだけ共感できるということでもあるので、このような小説は同じ年代にうけたのであろう。一九八八年の「よいと思った本」でも「ノルウェーの森」が一位である。男性の「よいと思った本」では三位にランクインしている。しかもその数は一〇代〜三〇代だけに集中している。けれども、同年「好きな著者」という調査によれば、村上春樹氏を上げたのは、女性では二〇代の人のみであり、二十九位であった。ちなみに、男性は三十位以内にランクインしていない。人々に認識されたのがこの年であると考えれば、一つの小説からすぐ、作者を好きになるという直接的なつながりは考えにくいので、この数字にも納得できる。
一九八九年は「ダンス・ダンス・ダンス」が」出版された時でもある。この年の「一ヶ月に読んだ本」の一位、二位は「TUGUMI」と「キッチン」で、二つとも吉本ばななの作品である。前年一位であった「ノルウェーの森」はそれに続く形で三位となっている。しかし、「よいと思った本」では「ノルウェーの森」が前年に引き続いて一位の座を守った。それに続く形で、「キッチン」「TUGUMI」「悲しい予感」となっている。これら三つの作品は全て吉本ばななの作品で、これほど同じ作者が上位を占めたのは異例のことらしい。この作者については女性の共感を多く得たことが特筆すべき所だろう。村上春樹も女性に多くの支持を集めたが吉本ばななの場合、それがより顕著にでた形であるといえる。「好きな著者」のランキングでは村上春樹氏が一二位とランクを上げている。これは、女性のランキングが七位と大幅にアップしたことが要因と考えられ男性のランキングにも二十二位に登場しているからであろう。一九九〇年では、「ノルウェーの森」は「一ヶ月に読んだ本」ランキング上位から外れている。まあ、発売されてから二年も経つとそういう数字は当たり前ではある。「よいと思った本」でも、九位まで下がってきた。これも同じ理由であると思われる。男性の「一ヵ月に読んだ本」のランキングからは外れているし、女性の方でも10位にランクダウンしている。「好きな著者」ではこのことは反映されておらず、女性、男性ともに相変わらず若い層の支持を集めて二〇位につけた。しかし、これらのことは、出版する本がなくとも、ある程度のファンを確保したということを表してもいる。これらのファンは「ノルウェーの森」で作者にコミットメントした人が多い。村上春樹氏は、「ノルウェーの森はあっという間に読者に理解された」と、語っている。だが、作者にとってはリアリズムの文体を身につけるための「個人的な小説」であり、これを機に彼の小説を読み始めた人が多かったために、他の小説が理解されるためには多少時間がかかるようになったのは仕方がないことだったのかもしれない。
さて、一九九一年に入ると、「一ヶ月に読んだ本」の上位に「ノルウェーの森」が復活している。この年のランキングは「私太平記」「時間の砂」「明日があるなら」「もものかんずめ」と続いて、「諸葛公明」と「ノルウェーの森」が五位で続く形となっている。しかも、「よいと思った本」ではランキング一位に返り咲いた形となっており、八八、八九年と一位、九〇年に九位に下がったものの、また九一年には一位となった。この原因はこの年に文庫本として出版されなおしたことにあると思う。単行本では、この小説が二冊組みであるということもあって、気軽に買える値段ではなかった。それだけに、文庫本となり、値段が安くなったおかげで、今まで気になっていた人が気軽に読めるようになったわけである。そのおかげで、年代別の「一ヶ月に読んだ本」では、広い範囲で支持を集めた。しかし、男性のランキングには入っておらず、今回は女性の広い範囲で支持が集まったものと思われる。また、この数字はこの年の「よいと思った本」にも反映されており、全体では九位にランクアップした。ここで指摘したいのは、前回までの調査では女性の多くの支持を集めた「ノルウェーの森」であるが、今回は男性が五、女性が四とその差はなくなっている。男性のランキングで広い範囲で支持を集めているものは、一位の『「NO」といえる日本』「三国志」「孔子」「人間革命」に続いて「ノルウェーの森」である。こうして見てみると、そうそうたるメンツという気がするがその中で「ノルウェーの森」が入っているというのにはやはり、何らかの理由があるに違いない。理由の一つ目としては、舞台が全共闘時代であり、団塊の世代の人間が主人公とコミットメントしやすかったということがあるだろう。もう一つに、一九九一年という社会状態が関わっているのではないだろうか。村上春樹氏の小説は「癒し」となるという考えの上から述べさせてもらうと一九九一年は、バブル経済が崩壊した年である。それまでとてつもない勢いで成長していた日本経済がぴたりとそれを止めてしまったのである。大量消費、大量生産を掲げて、とても盛んだった経済活動が急に冬の時代を迎え、社会構造そのものまでが変化をきたした。そのような中で「癒し」を求められたことで、村上春樹氏が支持されていると言うことは納得できる。
一九九二年には文庫本による読者の広がりも一段落し、前年全体で五位にランクアップしていた「一ヶ月に読んだ本」のランキングは上位から外れてしまった。「よいと思った本」のランキングも八位になっており、文庫本が出る前の九位に戻った印象である。「一ヶ月に読んだ本」では、毎年の調査の通り、若い層での支持が続いている。男女の差はまったく同じ数の三で差は見られない。「よいと思った本」を見てみると、一位ではないものの、出版から時間が経っているのにも関わらず、この地位をキープしているのには、やはりどれだけ「ノルウェーの森」が広く読者に受け入れられたのかを示すものであると思う。「好きな著者」の全体のランキングは十七位と、わりに安定した人気を誇っている。やはり、若い二〇代の支持が主である。男女別に見てみると、数字的には、男性が八、女性が一一と、さほど差は見られない。「ノルウェーの森」では女性が多く支持していたような印象であったが、作者的には差がないほど、支持があるようだ。面白いのは。男性の他のランキングされている作家は歴史小説や推理小説を書いているのが多いのに、そこの間に村上春樹氏が入っていることである。女性の場合はそれは極端でないが、若い層に人気を集めている作家は、赤川次郎、吉本ばなな、村上春樹の三人のみである。やはり、そこには何か物語の中に引きつけるものが隠されているということだろうか。
次の年からは、村上春樹氏の名前はランキングに載らなくなっている。「ノルウェーの、森」の人気が落ち着いたことと、「読者世論調査」の調査項目が変化し、好きな作家のランキングがなくなって、売れている本のランキングを中心に扱うようになったからであると予想される。そんな中、「ノルウェーの森」の次の大ヒットとなった「ねじまき鳥のクロニクル」が発売された時は、予想通りランキングに名前が上がった。一九九四年である。「読んだことのあるベストセラー」という調査項目で、上位二〇冊中、一九位に入っている。男女の差を見てみると、男性は一一、女性は一五で、やや女性の支持が多いようである。ただ、女性の支持の層がやはり若い層に集中しているのに比べ、男性の方は大体広い層に分散して支持を集めている。女性の若い層に支持を集めるのは「ノルウェーの森」の流れで作者自身にファンがついたのであろうと予測できるが、男性の年配の層に人気を集めたのは、やはり、それなりの理由があるのだろうか。ここはやはり、「癒し」との関係に結びつけたい。次の章で詳しく述べることとするが、そうした年配の人々が本に「癒し」を求めるのは理解できる。他のことに「癒し」を求めるのが一般的になったのは、ここ数年のことであって、やはりそれ以外は通勤電車の中で読む本か、帰りに飲むお酒にしか選択肢がなかったとも、考えられる。けれど、数字の上から分析すると、だんとつで売れたという数字はなかったので、そういうものに「癒し」を求めた人もいる、という言い方に留めておいた方がいいのかもしれない。ただ、若い層では多くの支持を集めているので、多くの人が「癒し」を求めてコミットメントしたのではないか、と分析することができる。
ここまで、「読者世論調査」を元にして村上春樹氏が読者にどのように受け入れられてきたか、という点を述べてきたわけだが、「ノルウェーの森」の大ヒットばかりが目について、ほかの作品については深く分析できなかった。だが、その数字は、作者自身へのファンという形で反映されていると考えている。自分のことを述べると、私は高校時代、友達に勧められて村上春樹氏の作品を読んだのだが、その初めの作品が「ノルウェーの森」であった。彼の文章、文体にはすんなりとなじむことが出来た。一時期、いじめによる自殺がメディアでクローズアップされたこともあって、自殺が描かれている「ノルウェーの森」は周りの人間の多くが読んでいたと記憶している。やはり、小説において、共感といった点は重要なキーワードになりえるのではないだろうか。次の章では、村上春樹氏の小説を取り上げながら、「癒し」との関連を探っていきたいと思う。そうした中で、なぜ人々は「癒し」を求めるのかを探っていけたら良いと考えている。
第五章
村上春樹の小説の精神性
村上春樹氏の小説は何冊もあるし、エッセイなどを含めるとかなりの数になる。その中で今回の論文に取り上げる作品を選ぶのはかなり困難なことである。村上春樹氏の作品の全てに関して言える理論でなければ一般的な理論として成り立たないし、説得力もない。しかし、全てを取り上げるのには、無理に等しいので、まず個人的な判断で、「ノルウェーの森」を取り上げることにした。
この作品の原型となっているのは「蛍。納屋を焼く・その他短編」に収められている「蛍」という短編であり、これが第二章に組み込まれている。このいきさつについて、村上春樹氏は「par avion」のロングインタビューにおいて、次のように語っている。「僕は昔『蛍』という話が書きたくて、さっと書いちゃったんです。で、短編としてのできもそう悪くなかったと思うんです。ただね、語り残した、もっと上手く書けたはずだという想いは僕の心の中にずっと残っていたんです。それにけりをつけたいということはずっと思っていたんです。あの話の中にはもっともっと強く語られたがっているものが潜んでいると。もっと膨らませて、もっと力のあるものにしたい、と。でも、結構かかっちゃったんですね。けりをつけるだけの力を蓄えるまでに。」こうして、第一章に物語を過去へと引き戻すための回想シーンが描かれ、第三章以降、物語が膨らんでいく。再び村上春樹氏の言葉を引用するならば、「僕は『蛍』を何とか膨らませよう、伸ばそうというところから始まっているから登場人物もあとから持ってきたわけです。例えば、緑なんていうのはまったく出てこなかったし、だから、『蛍』が終わった時点からどう話を伸ばそうか、これは相当考えたんですよね。で、緑という女の子を思いついたところで話はどんどん進んでいっちゃった。だから直子という存在の対極にあるというか、対立する存在としての緑を出してきた時点で小説はもうできたようなものだったわけです。あとは永沢くんというちょっと奇妙な人物を出してきた。この三人の設定で上手くいってるんですよね。」こうして物語は、「僕」と直子、そして「僕」と緑という二つの並行した関係を中心に進んでいく。病気療養をしている直子と健全なイメージの緑、この二人はそれぞれ「静」と「動」、あるいは「生」と「死」という風に村上流の二つの世界、例えば「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」のような物を見せている。その間に、キヅキ、レイコさん、永沢さん、そしてハツミさんという人物が絡まってくる。
この小説で村上春樹氏の小説の中で初めて主人公が「ワタナベ」という名前を持つのだが、そのことによって彼自身が言っていた「リアリズム」の小説が完成されたとも言えるだろう。彼にとって、「蛍」はリアリズムの文章を試すものだったに違いない。それまでは違った表現方法でデタッチメントを描いてきた。しかし、「蛍」によって「リアリズム」の文体によるデタッチメントの表現が可能であることに気づき、文体への挑戦である小説から、それまで彼が目指してきたデタッチメント表現の小説へと生まれ変わった。すなわち、物語も長くなりひとつの長編小説になったのである。その主題がデタッチメントであることを示すように、この小説に登場する主人公の多くが何かしらの「喪失感」や「歪み」をかかえている。そして、みな自閉的だ。竹田静嗣氏はこのようなことで、「ノスタルジックでセンチメンタルな青春回顧的(レトロスペクティブな)恋愛小説。閉じられた他者を欠いたナルシスティックな青春小説。」という批評をこの小説は持つ、と言っている。このことについて例をあげてみると、まず、「直子」の場合はキヅキとの関係をこのように語る。「まるで、お互いの体を共有しているような、そんな感じだったのよ」「とにかく私達はそんな具合に成長してきたのよ、二人一組で手を取り合って普通の成長期の子供達が経験するような性の重圧とかエゴの膨張の苦しみみたいなものをほとんど経験することなくてね」「自我だってお互いで吸収しあったり分け合ったりするのが可能だったから特に強く意識することもなかったし」そして、その関係を直子は「無人島で育った裸の子供」と比喩する。すなわち、直子とキジキは常に一緒に暮してきたのである。そして外界他者とのかかわりを特にないままであったのだ。唯一関わるとすれば「私達はあなたを仲介にして外の世界に」するしかなかったのだ。すなわち、そとの世界とうまく関わるためには、ワタナベの存在が必要だったのである。この関係が成り立つためには誰も欠けるべきではなかった。誰かが欠けると、またもつれてしまうと、成立しなくなる関係であり、その関係の中でしか直子はいきていくことができなかったのだ。ゆえに、キジキが自殺し、直子とワタナベが寝た後、直子はバランスを崩し、入院してしまう。その入院先の「阿美療」はセルつへルプグループ施設のようなもので、自給自足の生活をし、「療養」を行うのである。「みんな自分が不完全だということを知っているから、お互いを助け合おうとする」と、レイコさんは言う。彼女は七年間その療にいるわけだが、一度外に出たものの、また戻ってきている。彼女もまた、この療の世界の中でしか生きられない人間なのである。レイコさんは最終的に直子が自殺したことをきっかけにして僕を頼りに「療」の外に出ることになる。しかし、決して完治ゆえの幸せな退寮というのではなく、不安に満ちた、反対に「怖くて怖くて気が狂いそうなのよ。どうしていいかわらんないのよ。一人でこんな所に放り出されて。」とさえ、言えるようなものなのである。
ワタナベと性的行為を通してコミットメントし、社会へ出ていく。つまり、直子と同じようにワタナベが社会との介在者となっているわけだ。行く先は「作りそこねた落とし穴」のような旭川である。レイコさんは旭川へ行くことにかなりの絶望感を抱いている。
他の登場人物も、どこかに影を背負い、自閉的な人が多い。このことは村上春樹氏も自分で語っている通り、デタッチメントが主題となっていることを思い出せば、納得がいく。この喪失感、自閉感は彼の小説の中に常に存在している。例えば「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」では「それから僕はめを閉じたまま図書館の女の子についてかんがえてみた。しかし、彼女について考えれば考えるほど僕の喪失感は深まっていった」「その井戸はあまりにも深く、あまりにも暗く、どれほどの土もその空白を埋めることはできないのだ」と、主人公は語っている。「世界の終わり」で舞台となる「街」は喪失と内閉の比喩となっているのだ。井戸では井戸は「ノルウェーの森」の前半にも出てくる。確かに、主人公も井戸について、「あるいはそれは彼女の中にしか存在しないイメージなり記号であったのかもしれない」と比喩を匂わせている。イドはリビドーの源泉エネルギーであるというフロイトの理論があるがそうした精神分析を利用した村上春樹氏の小説分析というのは数多く見られる。桜井哲夫氏は「閉ざされた殻から姿をあらわして」の中で、「この小説を一言で定義してしまうなら、サイコセラピー(精神療法)ないしカウンセリングの文学だということになる。」と述べている。直子は「井戸」に入ることを拒絶しているが、それは「周りにはムカデやクモやらがうようよいるし、暗くてじめじめしていて。」という嫌悪感があるようだ。イドに」対する嫌悪感。確かに、直子は性的なコミットメントは一度以外していない。そう考えてゆくと、村上春樹氏の小説を精神分析学的に理解することは容易な事のように感じられる。精神分析と村上春樹氏との係わりという面では、丸川哲史氏が「時代の分析医」と題した論文の面で、「回転木馬のデットヒート」を主題として、こう述べている。「日本の精神分析の導入、その実践的な系譜が、フロイト〜ラカン的なものではなく、フロイト〜クライン(またはユング)的なところに多く節合されている」「個の確立を前題とした父親転移的な対象としての分析家は好まれず、ロールプレイング的な集団療法が好まれている。そして患者の目標は、市民社会への復帰ではなく、患者同士の癒しの場(ネットワーク)の確保という方向に結びつく。」これはどういうことだろうか。「癒し」という言葉は出たが、ここでの「癒し」は、私の言っている「癒し」のそれと簡単に結び付けられるものではない。それはネットワーク、すなわちコミットメントとのかかわりでのものである。すなわち、日本での患者の復帰というのはコミットメントを求めることであるというのである。前にも述べたように、「ねじまき鳥とクロニクル」ではコミットメントが主題となってくる。「ロールプレイング」という言葉が出たが、村上春樹自身、「僕は、小説を書くのはテレビのロールプレイング・ゲームに似ていると思うのです」と発言している。
ここまで述べてきて、まだ述べたりないところもあるけれど、村上春樹氏の「ノルウェーの森」という小説が、カウンセリング的なものであること、精神分析的解釈が十分にできることがある程度分かったのではないかと思う。桜井氏は次のように考える。「語り手になっているワタナベ君は、厳密に言えば、主人公ではない。なるほど、表面的には、主人公となっているが、この小説の真の主人公は読者一人一人なのである。」「読者はその登場人物の時々の悩みのどれかに自らの悩みを投影させることができるのである。」すなわち、小説の中の「ワタナベ君」という存在は、名前を与えられてリアリズムな存在であるように見えるが、小説内の登場人物の悩みを聞くと同時に、読者のカウンセラー的存在でもありえるということである。読者は、例えば突撃隊の几帳面過ぎる性格、困難な家庭の事情、直子、レイコさんの自閉的なコミュニケーション、または直子の自殺という点などの様々な悩みに自分の悩みを投影し、それをワタナベ君に聞いてもらうことによって、カウンセリング的効果がもたらされるのだ。丸川氏もこう語る。「『村上』の身振りは、いわば患者に精神分析的な転移(投影)を促す精神分析医のそれである」「表面的には、限りなく優しく弱く肯定する分析医、あるいは分析医とは全く意識されない分析医として読者に感得される仕掛けになっている。つまり、精神分析の日本的代換物は、『村上春樹』という文化商品として80年代に拡散していったとも言える」。
これは、「回転木馬のデットヒート」に対する評論であるが、これらの小説をふまえて「ノルウェーの森」が書かれたものだとしたら、実際、前年に出された短編集の「蛍・納屋を焼く・その他短編」の中の「蛍」という小説が元となって書かれているものであるから、関連性があると考えるならば、同じことが「ノルウェーの森」でも言えるのではないだろうか。つまり、ワタナベ君は「意識されない分析医」であるのだ。小説の中で、ワタナベ君を媒介として社会にコミットメントしようとするもの、悩みを語るものを彼は分析している。それは読者にとって、」新たな第三者的とも言える視点での意見ともなりえる。すなわち、自己批判をも内包した「優れたカウンセリング小説」であると言えるだろう。
こうして、小説を読み込んでみると村上春樹氏の小説が精神性を持っていることが分かる。八〇年代から文庫化された九〇年初頭にかけて「ノルウェーの森」が爆発的な売れ方をしたのは、小説がカウンセリング的なものであり、多くの人がそれを求めていたからに違いない。多くの人達がデタッチメントになる。斎藤環氏の理論を借りるならば、「周りのストレスやノイズから身を守る解離状態として壁を作っている。しかし、解離はその進行を進め過ぎるとコントロール不可能となり、病理状態になる」と、斎藤氏は言う。「抑圧は必然的に回帰を伴うがゆえに神経症が起こるとすれば、解離はまさに解離の存在がゆえに問題化するのだ。」そしてその症状は「いずれも村上作品に見出しうるものである」そうした、自閉的、孤独的な壁に囲まれた人々、そうした人がコミットメントする。それが必要であることを村上春樹氏は「ねじまき鳥とクロニクル」で書いたのである。
第六章
村上春樹と現代社会
これまで、現代社会の「癒し」について、村上春樹しはどういう遍歴の持ち主なのか、そして、彼の作品がどのように人々に読まれているのか、また、その作品の精神性について述べてきたわけだが、ここでようやく、村上春樹氏と現代社会の関りについて述べることができると思う。
疲れている時、人間は肉体的な疲労感につられて精神的にも弱くなっている。そんな時に「カウンセリング小説」である、精神的な内容が描かれた小説を読むことによって読者は投影と共に癒される。また、現代社会においてデタッチメントの風潮が強くなる中、自分の関わるもの以外のことには無関心な人間が多くなってきたと言われている。けれども人間とは基本的に一人で生きていくということには何かしらの不安が付きまとうものである。そうした、疎外感にも似た孤独感、自閉といったものに対する不安な気持ちを、小説の中の登場人物に重ねて共感し、それがまた、癒しとつながることもあるのである。「自分は一人ではない」という、安心感を与えてくれるものであるというのだ。
現代社会はストレス社会であり、多くの人が心的悩みと共に暮らしていると言っても大げさではない。それは九0年代のバブル崩壊後、ますます加速度を増している。人間には欲が存在し、あれも欲しい、これも欲しいというのが当り前の人間の欲望である。バブル崩壊によってその欲に制限がかかったのだから、ストレスがたまるのも当り前である。周りにうまく言えないことが増え、なかなか思い通りにいかない。それはストレスという心的悩みとなり、人々の中に積み重ねられるのだ。そのような人々が人の心を理解しようと、心理学に興味を持ち、現代の「心理学ブーム」を作り上げたのだ。日本はまだ、欧米のようにカウンセリングが実生活で普及していない。今だに、カウンセリングに行くということには躊躇する人々が多いし、誰でもが悩んでいることでそういうところに行くのも大げさな気がして行く気になれないというのが人々の気持ちであろう。また、そのようなことで悩むのは当たり前すぎて、自分で悩みと認識していないということも考えられる。そうした中で、人々は身近なもので心をリラックスさせようとし、それが「癒し」へとつながる。村上春樹氏の小説も、そうした人々がその精神性に共感を求めて、その共感から得られる癒しを求めて、対象となっているのに違いない。彼の存在は、「癒し」への需用が増大した九0年代にはすでに、共感しやすい「ノルウェーの森」で認識されていた、というのも対象となった要因の一つとして考えられる。村上春樹の小説は九0年代前後の読者の「癒してくれるもの」という需用にうまく答え、多くの人の共感を呼んだのである。それは、彼の小説が精神性を持ったものであり、「カウンセリング小説」とも呼べる ものであったからである。
最後に、村上春樹氏は最新の小説で精神的なコミットメントを訴えたのだが、それ にならって、多くの人々が精神的なコミットメントを実行し、強く生きていけるよう になれるだろうか、という点に関してはまだ答えが出ていない。彼の次の長編小説が 出るのを待ち望みながら、そうした現代社会の人々の変化という点にも注目していきたい。
参考資料文献
一、「羊をめぐる冒険」上,下 講談社文庫 一九八五年
一、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」上、下 新潮文庫 一九八八年
一、「ノルウェイの森」上、下 講談社文庫 一九九一年
一、「ダンス・ダンス・ダンス」上、下 講談社文庫 一九九一年
一、「ねじまき鳥のクロニクル」一部,二部 新潮社 一九九四年 三部 一九九五年
一、「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」岩波書店 一九九六年
一、「村上春樹堂はいかにして鍛えられたか」 朝日新聞社 一九九七年
一、「ユリイカ」<三月臨時増刊号> 青土社 二000年
一、「群像」<日本の作家 村上春樹> 小学館 一九九七年
一、 浦澄 彬「村上春樹を歩く」 彩流社 二000年
一、「国文学」<ハイパーテクスト村上春樹> 学燈社 一九九八年
一、栗坪良樹・柘植光彦編「村上春樹スタディーズ」 一―四巻 若草書房 一九九九年
一、 sigmund freud「精神分析入門」上、下 新潮文庫 一九七七年
一、 東山 紘久「箱庭療法の世界」 誠信書房 一九九四年
一、 河合 隼雄「ユング心理学入門」 培風館 一九六七年
一、 「読書世論調査」 毎日新聞社