『子規句集』

                   渡部芳紀

子規記念博物館(松山)

あなたは、2000・6・15〜人目の訪問者です。


 子規は、その短い生涯の間に二万三千ほどの句を作ったと言われる。それらの句の四分の三は『寒山落木』巻一_巻五、および『俳句稿』巻一、巻二に、子規自身の手で整理されている。また、生前に、『獺祭書屋俳句帖抄上巻』が、明治三十五年四月に刊行されている。これは、『寒山落木』のうち、明治二十五年から二十九年にかけての句を七四五句自選したものである。

『寒山落木』と『俳句稿』は以下のように構成されている。

『寒山落木一』  明治十八_二十五年

『寒山落木二』  明治二十六年

『寒山落木三』  明治二十七年

『寒山落木四』  明治二十八年

『寒山落木五』  明治二十九年

『俳句稿一』   明治二十九_三十二年

『俳句稿二』   明治三十三_三十四年

なお、『俳句稿』は、『寒山落木』の前段階の草稿と考えられる。子規自身が編んだのは、明治三十四年の六句までであるが、その後、『仰臥漫録』ほかから句を選び出し、『俳句稿以後』として明治三十四年、三十五年の句が選ばれている。

これらの句の内訳は、講談社版全集第三巻解題によれば、

18_七。

19_一。

20_二三。

22_三二。

23_五三。

24_二三一。

25_一六六五。

26_二九九八。

27_一九六五。

28_二八三六。

29_二九九四(以上『寒山落木』)

30_一四六六。

31_一四〇九。

32_九〇三。

33_六四一。(以上『俳句稿』)

34_五二四。

35_四一二。

計一八一九一句である。

この他に、抹消句が三三七二句、拾遺句が二○八四句発掘され、全部で二三六四七句が、講談社版全集の巻一_巻三に紹介されている。

明治四十二年には、『寒山落木』『俳句稿』をふまえて、碧梧桐・虚子共選『子規遺稿 子規句集』が出され、さらに、昭和十六年六月、高浜虚子により『子規句集』が編まれた。後者は、〈二万句足らずある中から見るものの便をはかって、二千三百六句を選んだ〉(虚子「序」)もの。これは岩波文庫に入っているので、子規俳句に接するのに一番手頃なものである。

次に子規俳句への私見を述べてみたい。


子規の二万の俳句を対象にまとめる力もスペースも無いので、ここでは、極めて主観的に、私の選句を行ってみたい。虚子選の『子規句集』を基に、今、私が考える佳句と思われるものを採ってみた。

青々と障子にうつるばせをかな 明21

あたゝかき雨が降るなり枯葎  明23

蝶々や順礼の子のおくれがち  明25

青松葉見えつゝ沈む泉かな   明26

夕月に大根洗ふ流かな

夕立や砂に突き立つ青松葉   明28

一八の屋根並びたる小村かな

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

白菊の少しあからむ時雨かな.

あぜ許り見えて重なる冬田かな

砂の如き雲流れ行く朝の秋   明29

いくたびも雪の深さを尋ねけり

吉原の太鼓聞ゆる夜寒かな   明30

仏壇の菓子うつくしき冬至かな 明33

六尺の緑枯れたる芭蕉かな

千本が一時に落花する夜あらん 明35

まずは、これらの句を最終まで残った句としてみた。三重丸の句とでも言おうか。他に多くの二重丸の句があるが、今日は紹介のス.へースが無い。直感的にいいなと思うのをここに抜いてみた。

青々と障子にうつるばせをかな

感覚的な句である。芭蕉に陽が射して、青い影が障子に写っているというのだろうか。あるいは、ほの暗い室内にいて、障子の外にある芭蕉が明るく陽光を浴びて緑に光っているのが、障子の白い紙の向こうに感じられると言うのであろうか。微妙な色彩感と明るさが感じられる句である。

あたゝかき雨が降るなり枯葎

は、冬の季語。カナムグラという特定の蔓草をさす場合もあるが、蔓草の枯れたもの一般、あるいは、雑然と茂った雑草たちの枯れたものと考えてもよい。ここでは、雑草で充分である。枯れはててかさかさになった雑草の上に、あたたかな雨が降りそそいでいるというのである。〈あなたかな〉は、もちろん、絶対的な暖かさではなく、相対的なものだ。厳しい冬の寒さの中で、めずらしく比較的暖かに感じられる雨が降っているのである。今まで、干からびて乾燥していたあたりも、湿りをおびて潤いを持って来た。かわいた心の中まで、あたたかな潤いが感じられるようであるというのである。力みのない叙景詩だが、つらい現実の中の安らぎの一コマをとらえて子規一代の傑作となっている。子規から一句を選べと言えばこの句を選びたい。

蝶々や順礼の子のおくれがち

四国では、春になると八十八ヶ寺を回るお遍路さんが目につくようになる。今では、バスや車で巡礼する人が多いようだが、昔はのんびりと家族連れで回った人たちもいたのであろう。巡礼の一行の中の幼い子が蝶々に気をとられて、親たちより遅れがちだというのである。渋滞のない表現の中にはのぽのとした眼差しの感じられる句である。

青松葉見えつゝ沈む泉かな

 

枯れ松葉でなく、青々とした松葉が、見えつつ、泉に沈んで行くというのである。爽やかな松の香りと、あくまでも澄んだ泉の透明感とが伝わって来る。子規の目が微細なところまで届いているのがわかる。〈静かさは砂吹きあぐる泉哉〉の句もある。泉が底から湧いて砂を巻きあげているのである。透明で爽やかな印象は両句に共通している。

夕月に大根洗ふ流かな

〈大根洗ふ〉が冬の季語である。月は、三日月よりも、十四、五夜の明るい月と見たい。冬の短い日が暮れて、まだ農作業が終わらず夕月の下、小川で大根を洗っているのである。小川の流れは月光にきらめき、洗われた大根は、夕月を映してほのかに白く光っている。暖さと明るさがほのかに照合しあって微妙な美しさをかもし出している。

夕立や砂に突き立つ青松葉

夕立の際中というより激しい夕立の去ったあとと見たい。砂に突き立った青松葉の姿の中に、過ぎ去った夕立の激しさを思い、今の静寂をかみしめるのである。きっぱりとした美しさが言葉の選び方、リズムにも出ている傑作である。写生句とは、何も広い風景を写し出すだけでなく、こうした小さな現風景の一コマをもあざやかに切りとるのである。

一八の屋根並びたる小村かな

なんとのどかな美しさに満ちた句であろうか。今、日本の田園からこのような美しさがほとんど失われてしまったのは残念である。一八は、イチハツで、中国原産のあやめ科の多年草。カキツバタに似た色とりどりの花を梅雨の頃咲かせる。大風の被害をうけないよう、農家のわら屋根の棟などに植える。ここでは、一八の花が咲いたわら屋根が点々と並んでいる農村の初夏の情景を写したもの。絵画的な美しい句である。子規の短歌に、〈いちはつの花咲き出で、我目には今年ばかりの春行かんとす〉がある。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

子規の句で最も人口にしている句。なんらの渋滞も無い。軽みの句と言っても良かろうか。柿が梨であってはいけないし、法隆寺は、東大寺であってはいけないのである。この句の魅力は、べにある。調べが全てだと言ってもよかろう。何らの意味づけも必要としないのである。

白菊の少しあからむ時雨かな

若い頃はそれほど感じなかった菊の花の魅力が、この頃じわじわと心に沁みてくる。展覧会に出品されるような華やかな大輪の菊ではない。雑種の小さな菊でよい。清楚で、つつましやかな美しさ。枯れ始めてからが良いと言おうか。あるいは、かなり枯れて、花瓶から捨てた時の、あの何とも香ばしい菊の匂い。この頃は、あの菊の香りを一番好んでいるのかもしれない。掲出の句は、冷たい時雨が降るようになって、菊の盛りも過ぎ、ほんのりあからんで来たというのである。微妙な花の変化の中に、時の流れを写すのである。そして、よけいなことを言えば、本当の菊の魅力はこれからなのである。冷たい霜にうたれても、まだ、姿をとどめている菊。そんな中に、菊の良さが匂って来るのである。

あぜ許り見えて重なる冬田かな

美しい句である。人間と自然とが一体となって作りあげた美しさである。休耕田ほど心を痛ましむるものは無い。冬枯れの田んぼがずっと広がっている。あぜに直角に対しているのだろうか。あぜの向こうにまたあぜが重なりずっと続いているのである。あぜには冬日が当たっていると見たい。よく見れば、稲の切株のあたりには、_が芽を出しているかもしれないし、田んぼのあぜには、いぬのふぐりが地味な花を咲かせているかもしれない。ただ、そうした細部にはとらわれず、きっぱりと言い切ったりズムが良い。格調のある句であり、内容とぴったりの形である。

砂の如き雲流れ行く朝の秋

 

胸の中が清らかに澄み渡って行く句だ。秋の初めの朝早く、空はあくまでも高く、その彼方を、細かな雲、砂のような雲が流れて行くというのである。その雲が、空の高さを、清澄感を一段と強めているのである。雲の流れの中に時の流れをも感じとっているのであろうか。

いくたびも雪の深さを尋ねけり

人一倍.バイタリティのあった子規、好奇心が旺盛で、行動力に富んでいた子規。その子規が病いの床に臥し、床から離れることもままならぬのである。彼は、見る(凝視)ことの中に、尋ねることのうちに、そして想像の世界で自分の残された命を生きるのである。この句もそうした子規の生命力のあらわれ、好奇心の表出である。

吉原の太鼓聞ゆる夜寒かな

病床の子規は、ここでは聞く人になる。病者の聴覚は鋭ぎ澄まされ、外界をどん欲に感じ取ろうとする。そんな一夜の句であろうか。この句をこと細かに説明するのは蛇足になろう。一・五キロほどはなれた吉原で遊女と客の遊ぶ太鼓が、聞こえて来るというのである。子規三十歳。

仏壇の菓子うつくしき冬至かな

冬枯れの色彩感に乏しい季節、心の中まで佗びしく寒々として来る。そんな時、仏壇に置かれた菓子が一段と美しく感じられたのである。この句も、何の説明もいらない句であろう。仏壇といった素材を使いながらぴりっと緊張感のある美しい句を作ったものである。

六尺の緑枯れたる芭蕉かな

大きな、六尺もあろうかと思われる芭蕉の葉が、緑を失い、茶色に枯れたまま、かさかさになって立っているのである。枯れ葉ではあるが、弱さ、寂しさ、はかなさを感じさせるよりも、芭蕉らしく、何か強さ、たくましさをその姿にとどめている。その枯れ芭蕉の大きさ、たくましさは、この句の中に、リズムとして表われている。六尺の芭蕉は、芭蕉の木の形容では無く、その一つ、一つの葉の大きさを言っているのであろう。

千本が一時に落花する夜あらん

吉野の桜を空想して作った句である。中の千本とか奥の千本とか、吉野の桜の多さを形容するが、その千本の桜が一時に花を散らせる夜があることだろう。その時は、なんと絢爛豪華なことだろうか、と空想しているのである。死の床に就きながら、暗い事を思うだけでなく、かく美しくきらびやかな光景を思い浮かべて、自分の生を飾りたてているのである。子規の豊かさとたくましさとを感じさせる句である。

以上、私が良しとする句を十七とりあげてみた。様々な美しさを持った句群であるが、〈かな〉で終わっている句が多いことに気づいた。あらためて子規の句集を眺めると確かに〈かな〉の句は多い。しかし、私は、子規の句の比率以上に〈かな〉の句をとっているようだ。その選び方の中にも私の句観・価値観が出ていると言ってよいのであろう。

これら十七句とほぼ同格ぐらいの他の多くの途中まで選ばれていた句があるが、今回は、好みに偏して、この十七句に触れるに止めておく。これらの一句でも、子規に、そんな魅力的な句があったのかと感じていただければ幸いである。
                    (「解釈と鑑賞」平成2年2月号)

〔わたべ・よしのり中央大学教授〕

(『解釈と鑑賞』平成2・2)