大正二年十月十八日から十一月七日 まで、東京で電車にはねられた志賀直哉は傷の後養生に城崎温泉の三 木屋に滞在した。
「暗夜行路」では、
<城崎では彼は三木屋(みきや)といふのに宿つた。俥
で見て来た町の如何にも温泉場らしい情緒が
彼を楽しませた。高瀬川(たかせがわ)のや
うな浅い流れが町の真中を貫いてゐる。(中
略)温泉場としては珍らしく清潔な感じも彼
を喜ばした。>と描いている。
山陰線城崎駅は、小さいながらこざっぱり
している。豊かな温泉を利用して駅舎にも外湯の一つ「さとの湯」がある。駅前に立ち右手を見ると、城崎温
泉の文学散歩のコ−スがレリ−フになってい
る。多くの文学者が訪れている。レリ−フの
右脇に島崎藤村の碑がある。
藤村の「山陰土産」より<一−−大阪より城崎へ>として
<朝曇りのした空もまだすゞしいうちに大阪
の/宿を発(た)つたのは、七月の八日であ
つた。>とその冒頭の一文が彫られている。
藤村が訪れたのは、昭和二年七月、北但大災 害の翌年で、「山陰土産」には、震災後の復興に努める町の様子 が写し取られている。
駅前の広い通りを右へ少し行くと、城崎待ち文芸館の案内がある。そこを左に曲がり、文芸館通りをしばらく行くと城崎町文芸館(城崎町湯島357-1。電話0796-32-2575。入館料400円。休刊日は毎月最終水曜日。)に至る。玄関前には以前はロープウェイ乗り場前にあった志賀直哉の碑が移築されている。
志賀直哉「城崎にて」碑
館内にはいると、一階には志賀直哉と白樺派の作家達の作品や手紙が展示され、二階には、城崎を訪れた文人墨客の関係資料が展示されている。城崎と文学との関わりのおおよそを掴んだら、元に戻り、駅からの道を左にたどろう。真直二百メートルも行くと城崎 の東を流れる円山川に注ぐ大谿(おおたに) 川に架かった地蔵橋に至る。橋を渡った右手に外湯の 地蔵湯がある。 地蔵湯の前には白鳥省吾の碑がたっている。 昭和八年来遊のゆかりによる。
地蔵橋から川沿いに左に曲り上流に進んで 行く。城崎特有の両端が丸いカ−ブを)がい た橋が随所に掛かっているのでそれを渡って 両岸、それぞれを歩いてもよい。しだれ柳が 川面に枝を垂れて美しい。澄んだ流れの川面をあひる が何羽も泳いでいる。両岸は玄武岩を積み上げた 整然とした石垣だ。直哉の「城の崎にて」の 第二話“ねずみ”の話の舞台はこのあたりだ ろう。
ちょっと上流の左岸に柳湯がある。その前
に六角形の碑があり、
<城の崎のいでゆのまち/の秋まひる 青くして/散る柳はらは
ら>と詩歌人富田砕花の短歌が彫られている。
砕花は兵庫県芦屋の人。碑の歌は、砕花の歌
集『歌風土記・兵庫県』の一首である。
その先には、王橋という大きな橋があり、
右岸を走っていた道もここを渡って左岸側
の道と合流し、温泉街の中心に入って行く。
この橋の左岸側の道脇に外湯で一番大きな一
の湯がある。その入口の右脇には、与謝野寛・
晶子夫妻の夫婦歌碑がたっている。昭和五年
五月、訪れたゆかりによる。
夫妻の滞在した「ゆとうや」旅館は、王橋の東の袂に一の湯と向い合うように建っている。藤村 、有島武郎、省吾、吉井勇、松瀬青々、新島 襄ら多くの文学者、知識人が泊まっている。 庭内には松瀬青々の句碑がある。
さらに道を進むと右側に御所の湯があり、橘 千蔭の歌碑がたっている。その先の右側には 西村屋旅館がある。武者小路実篤や、様々な 知識人も宿泊している。
道は再び大谿川にぶつかり川に沿って右へ
大きくカ−ブする。少し行くと温泉寺への入
口になる。左へ橋を渡ると、すぐ左は、
ロ−プウエイの乗場である。
………………………………………………
(直哉の碑は駅近くの文芸館前に移築されたが、往時を偲んで、元の文を残しておく)
(ロープウェイの駐車場の右手、温泉寺の側に志賀直哉の碑がある。
直哉の碑の)
以上、以前の姿を留めておく。
………………………………………………
右手の参道を進むと、すぐ温泉寺
の山門である。山門を潜った左手には、薬師
堂がある。その薬師堂の前、巨きな銀杏の根
方に有島武郎の碑がある。
大正十二年四月三十日、山陰の講演旅行の帰途城崎に立ち寄り、ゆとうやに三泊しているゆかりによる。

ロ−プウエイの駅まで戻り、ロ−プウエイ
に乗り、先ず中間駅で降りよう。温泉寺本堂
の前である。本堂の先には多宝塔、町立美術
館がある。温泉寺に関わる仏像、仏画、古文
書などが展示されている。多宝塔の石段近く
、美術館への道の左側(山側)に小さな山口
誓子の句碑がある。
<観音の/千手を/今年
竹も/持つ>と彫られている。
中間駅から再びロ−プウエイに乗って山上駅へ到る。
あたりは小公園になっており、眼下には、 大谿川に沿った城崎温泉の町並が見える。さ らにその先に、右から左へゆったりと円山川 が流れている。川はその先で日本海に注いで いる。
ロ−プウエイで下り、大谿川に沿ってさら に上流へ行くと五百mも歩いた右手に、直哉 の作品の桑の木というのが立っている。先ほ どの碑文に相当する樹だ。流れはさらに上流 に続いている。
城崎に戻ろう。左にある西村屋のところから右(東)へ曲 り、真直ぐ行く、大谿川を渡るとまんだら湯で ある。入口の左手前に、球形の石の碑がある 。吉井勇の歌<曼陀羅の名さへかしこし/あ りがたき仏の慈悲に/浴むをおもへば>と彫 られている。
大谿川に戻り、川の左岸に沿っている桜並 木の遊歩道をたどって下って行こう。左には 三木屋の味わいある土壁の塀が続く。
城崎の町めぐりには、観光協会発 行の「七つの外湯めぐり−文学の散歩道=文 学碑を訪ねて−」のパンフレットを使うとよ い。旅館のフロントや観光協会で無料でもら える。時間の余裕がある時は、円山川を遡っ て玄武洞を訪れたり、下って、日本海を望む 日和山公園に足を延ばすのもよいだろう。
|
|
|
|||
| InfoBee | AND OR | |||
渡部芳紀(Yoshinori Watabe)へのメールの宛先 : houkihoshi2000@yahoo.co.jp
@は全角になっています。半角に直してメールして下さい。