『墨汁一滴』―その魅力への招待

                              渡部芳紀

 『墨汁一滴』は、明治三十四年一月十六日から七月二日まで、新聞『日本』に途中四日休んだだけで、百六十四回にわたって連載された。

 〈痛去年より強くなりて今ははや筆取りて物書く能はざるほどになりしかば思ふこと腹にたまりて心さへ苦しくなりぬ。かくては生けるかひもなし。はた如何にして病の床のつれづれを慰めてんや(中略)終に墨汁一滴といふものを書かましと思ひたちぬ〉(一月二十四日)とあるように、病気の苦しさを紛らすと共に、残された生を精一杯生きようとの思いから執筆されたものである。

 百六十四編の短章から成る随筆集であるが、汲めども尽きぬ魅力を備えた作品である。作者の正岡子規は、もっともっと高く評価されて良い文学者だがまだ正当に位置付けられていない。この『墨汁一滴』も、近代文学の最もすぐれた結晶の一つなのに、まだまだその魅力が知られていない作品である。ここでは、非力ながら、『墨汁一滴』の魅力の一部でもなんとか伝えられればと拙文を草する次第である。

 百六十四の短章が全て素晴らしいというわけでもないので、まずは極めて主観的に、その短章を纏め評価してみたい。短章を発表の日にち順に並べ、小見出しあるいは簡単なコメントをつけ、それぞれに主観的な評価を加えてみる。評価は☆三つから無しまでの、四段階とした。自分の好みに偏したので、私が☆をつけないものにも、他の人に興味ある短章もあると思ふが、一つの意見として参照いただければ幸いである。

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評価

1900年

内 容

 

☆☆☆

1月16日

新年・自分の身の回り・お供え・寒暖計・地球儀・21世紀の地球儀

 

1月17日

〈麓のもて来しつと―やさしく興あるものなれ。〉七草の鉢。

 

☆☆

1月18日

根岸鶯横丁の昨今―風致という風致は次第に失せた。

 

 

1月20日

蕪村忌・太陽暦と太陰暦

 

1月22日

伊勢山田からの見舞いの品……暖かい人情

 

 

1月23日

病状談・耳のこと

 

☆☆

1月24日

「墨汁一滴」の思い(序)―〈痛去年より強くなりて今ははや筆取りて物書く能はざるほどになりしかば思ふこと腹にたまりて心さへ苦しくなりぬ。かくては生けるかひもなし。はた如何にして病の床のつれづれを慰めてんや(中略)終に墨汁一滴といふものを書かましと思ひたちぬ〉

 

 

1月25日

鉄幹―『明星』を評する約束が果たせない。

 

 

1月27日

「我が短歌会」の沈滞

 

☆☆

1月28日

鼠骨の送り来しお年玉……趣味が現れる(三寸の地球儀・大黒の葉書刺し・千人児童図)

 

☆☆

1月30日

真の滑稽は真面目なる人にして始めて為し能ふ(漱石と滑稽―ユーモア)

 

☆☆☆

1月31日

希望の縮小(病苦談)
  四、五年前……せめて庭の内を歩けたら
  三、四年前……立つことが出来たら
  一昨年より……せめて坐ることが出来たら
  きのう今日……安らかに臥しえたらば
  この次……希望ゼロ(諧謔・ユーモア)

 

2月1日

(写生論)実地を写す

 

2月2日

<代りて書く人もがな>(ユーモア)

 

 

2月3日

最近の出来事

 

 

2月4日

節分……最近廃れたり……故郷の風習

 

 

2月5日

節分(二)宝船の絵―初夢を占う

 

 

2月6日

節分(三)大般若の転読・白星・黒星を画く・褌を捨てる

 

☆☆

2月7日

字書……(河東)竹林黄塔のこと

 

☆☆

2月8日

雑誌……文学は読まず。雑録、歴史、地理、人物月旦、農商工業

 

 

2月9日

諸国の名物について

 

 

2月10日

(写生論?)一九の「金草鞋」のごまかし(実際を写さぬ)・岩屋寺のこと

 

 

2月11日

12年前の2月11日の回想、祝憲法発布

 

2月12日

『日本』俳壇……自分で自分の句を選んで投句せよ

 

2月13日

痛さを紛らそうと読書・関羽も。

 

 

2月14日

平賀元義……万葉調の歌

 

 

2月15日

26日まで、平賀元義の短歌

 

 

2月27日

最近の雑誌の表紙

 

 

2月28日

句風の地方色

 

 

3月1日

誤字・誤記

 

3月2日

会席料理……伊藤左千夫茶を立てる。

 

 

3月3日

会席料理(二)

 

 

3月4日

誤字のこと(二)

 

 

3月5日

誤字のこと(三)

 

3月6日

湯――きらい。金のむだづかい。なまけもの。

 

3月7日

鳥の水あびの面白さ

 

 

3月8日

誤字(四)―人から正されたこと

 

☆☆

3月9日

四季のこと(陰暦と太陽暦)。立春・節分。1つ多く豆を食う。春を迎え。立秋

 

 

3月10日

金もうけの出版批判

 

 

3月11日

新字の要求―拗音など

 

 

3月12日

不平十ケ条

 

 

3月13日

俳句の模倣・剽窃のこと(オリジナリティの無さ)

 

3月14日

隣りの6歳の女の子の絵の面白さ

 

☆☆

3月15日

(殆どの楽しみを奪われ)飽食の楽と執筆の自由だけ残された……この楽しみも奪われそうー耶蘇の誘い――一日でも楽にしてくれるなら

 

☆☆

3月16日

容貌(活きたる羅漢だという)……文体の強さ・エネルギー…      …ユーモア

 

 

3月17日

誤字(五)―停戦する。次々欠陥を指摘され

 

 

3月18日

宝引き(庶民の遊びー当たると景品がもらえる)の句

 

3月19日

病室周りの様子―大黒さんの状差しを置き明るくなった

 

 

3月20日

坊さん大問題ありというが意外。彼岸の餅を食う。

 

 

3月21日

露伴の「二日物語」まずい文章

 

 

3月22日

三日後の天気予報がほしい

 

 

3月23日

三世夜半亭の怪

 

 

3月24日

「〜顔」という使い方の例

 

 

3月25日

能代の俳句雑誌『俳星』のこと。(為山の表紙)

 

 

3月26日

「盥の鯉」の句(左千夫が春の到来と持参した鯉を吟ず)

 

☆☆

3月27日

「善き歌とは」実作を検討せよ
  解しやすきにも善き歌あり
  解しがたきにも善き歌あり

 

☆☆

3月28日

(歌論)落合直文の歌を評す……微細なるところに妙味が欲しい

 

 

3月29日

落合直文(二)

 

 

3月30日

落合直文(三)

 

 

3月31日

4月4日

落合直文続き

 

☆☆

4月5日

初めての蓄音機・ラフィング、ソング・ユーモア

 

 

4月6日

陸奥宗光ー眼から鼻にぬけるような人

 

☆☆

4月7日

肺の音……怫々々々(不平)、物々々々(唯物説)、仏々々々(念仏)……ユーモア

 

☆☆

4月8日

いじめ……弱味噌泣味噌・注射には強い

 

4月9日

死……ユーモア……地水火風殿書簡

 

4月10日

「おなぐさみ」……春、郊外の川のほとりで、食事し、摘み草など、女子供達の楽しみ(春の芋煮会?)女性観(〈年中家に篭って居る女にはどれだけ愉快であるか分からぬ。〉)

 

☆☆

4月11日

写生論……配合について・虚子

 

☆☆

4月12日

「文士保護未来夢」図……ブラックユーモア
  @生まるるの100年はやい、殺してやる。
  A首の落ちた図
  B明治文士の墓(文士保護の演説)
  Cその後、文士保護会……飯のくへぬ者は文士になれ

 

 

4月13日

名物→名前が大事

 

 

4月14日

畑打ち、田打ちの勘違い

 

 

4月15日

(慰みとしての)金魚(小鳥に相当)

 

 

4月16日

俳句

 

 

4月17日

御くじ→漢詩

 

4月18日

わざ、はたらき(目に見えないようす)本所の茶博士(伊藤左千夫?)〈内にはたらきありて表ははたらきなきやうなるが殊にめでたきなり。〉

 

☆☆

4月19日

病痛談……うめく〈黙って〉こらへて居るのが一番苦しいをかしければ笑ふ。悲しければ泣く。しかし痛みの烈しい時には仕様がないから、うめくか、叫ぶか、または黙つてこらへて居るかする。その中で黙つてこらへて居るのが一番苦しい。盛んにうめき、盛んに叫び、盛んに泣くと少しく痛みが滅する。〉

 

☆☆☆

4月20日

病痛談……うまいものを喰う……唯一の療養法

 

 

4月21日

「元三大師御籤鈔」佳人水上行―御籤のこと

 

4月22日

月並調―月並を知ることが月並を脱すること

 

 

4月23日

尾形光琳―没骨的

 

4月24日

夢の中の兎(死)……楽に死ぬ……忘れられぬ

 

 

4月25日

月並調(墓列)〈月並みは表面甚だもっともらしくて底に厭味ある者多し〉

 

 

4月26日

(歌論)「松葉の露」

 

 

4月27日

茅堂批判……写生の重要性(不折と茅堂)

 

☆☆

4月28日

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり

 

 

4月29日

春雨の日―周辺の様子(色彩感)

 

 

4月30日

(裏口の脇の)山吹の歌

 

☆☆

5月1日

草花の写生(草花帖)〈不折の話に、一つの草や二つ三つの花などを画いて絵にするには実物より大きい位に画かなくては引き立たぬ、といふことを聞いて嬉しくてたまらなかつた。俳句を作る者は殊に味ふべき教えである。〉

 

 

5月2日

召波の句―大祇蕪村几菫にも勝る

 

 

5月3日

養生法―名前だけでいい加減なものが多い。

 

☆☆

5月4日

〈いちはつの花の歌咲きいでゝ我目には今年ばかりの春行かんとす〉〈夕顔の棚つくらんと思へども秋待ちがてぬ我いのちかも〉

 

 

5月5日

岩手の孝子……歌

 

 

5月6日

新博士・新華族前者は断っても後者は断らぬー批判精神・皮肉

 

 

5月7日

かしは餅の歌

 

 

5月8日

碧梧桐の句の月並調〈理屈めきたる言ひ回し〉〈全体俗にして一点の雅趣なき者〉

 

☆☆

5月9日

咀嚼の力……良く噛むと沢山食べられる。最近、歯が痛み出して噛めなくなり食べられなくなった。〈人間は何か故に生きて居らざりべからざるか〉

 

 

5月10日

月並調でない句の例

 

☆☆

5月11日

ほととぎすが来ないので剥製を見ながら歌を作る

 

☆☆

5月11日記

(病苦談)自殺願望?枕もとに毒薬を置き飲むか飲まぬか試そう。

 

☆☆

5月12日

雨の一日の日記(句の選、食事、包帯交換の苦痛、墨汁一滴の記述)

 

 

5月13日

休み

 

5月14日

松と杉〈松の若緑は(中略)ズンズンと上へ真直ぐに伸びて行く。杉の新芽は小さいのがいくつ出ても皆下へぶら下がつてしまふ。それでも丈くらべしては到底松は杉に及びはせぬ。〉ユーモア・本質

 

5月15日

五月―不快な月・天気予報当たらぬ・押されて身体が痛いとき〈物に触れぬやうにフハリと浮きたいと思ふ、空気の比重と人間の比重とを同じにして。〉ユーモア・科学的。病状―〈去年はゐざるやうにして次の間位へは往かれたものが今年の今は寝返りがむつかしくなつた。来年の今頃は動かれぬやうになつて居るであらう。〉

 

 

5月16日

根岸の祭り→十、十一才の頃、祭りに、士族の誇りとして懐剣を刺し、得意になって足を傷つけた。そのあとも今は見られない。

 

 

5月17日

〈痛くて痛くてたまらぬ時、十四、十五年前に見た吾妻村あたりの植木屋の石竹畠を思ひ出して見た。〉→伊香保に。

 

 

5月18日

季題集「春夏秋冬」序

 

 

5月19日

季題集「春夏秋冬」凡例

 

 

5月20日

「守護地頭考」を読み、十年の疑いが晴れた喜び。飽くなき知識欲。

 

☆☆☆

5月21日

閻魔大王にお迎えの時期を問う。死・ユーモア

 

 

5月22日

漁業―白魚漁、鯉釣り、ぼうふら集め。

 

 

5月23日

ロンドンの日本人。漱石。

 

 

5月24日

提灯貸したら臘までとられた。今の政治家実業家も同じ。批判精神。

 

 

5月25日

太陽暦、太陰暦で季語の扱いが違う。

 

5月26日

『近古名流手蹟』を見ると昔の書簡は難しい。明治百年の頃はどんな手紙がかかれることであろう。ローマ字交じり?

 

 

5月27日

能代の方公が疑問を出したが湯婆(たんぽ)とは銚子のこと。

 

 

5月28日

都会と田舎1―田舎では何でも一人でやるが、東京ではそうでないので、なんでも知っているが手作業には不器用に成っている。

 

 

5月29日

都会と田舎2―東京の子は唱歌体操を好む。田舎の子はいやがる。

 

☆☆

5月30日

東京と田舎……筍が竹になるのを知らない東京人。漱石、は稲が米になるのを知らなかった。都の人は人間らしくなるため一度田舎暮らしをしたらいい。

 

 

5月31日

南京豆の芽。

 

6月1日

金魚の死―ガラス玉に十二匹入れといたら八匹死んだ。

 

6月2日

「も」の流行……軽薄な模倣を排す

 

 

6月3日

〈ぼうたん〉の語彙、蕪村もそんなに使っていない。

 

 

6月4日

駄句を幾ら作っても無駄なこと。

 

 

6月5日

蕪村の文台。本物?

 

 

6月6日

病苦談―寝られぬ夜の夜中から夜明けにかけての物音の変遷。

 

 

6月7日

句の内容は的確な表現でしなくてはならぬ。

 

☆☆

6月8日

日本服と洋服―理屈の上でなく感情の上で美と感じなければならぬ。日本服は襟に装飾をし洋服は裾に装飾がある。

 

 

6月9日

病苦―〈熱高く身苦し〉呻吟→叫喚→吟声→放歌→偈の如き囈語

 

☆☆

6月10日

俳句の特許……新傾向の速さを競う。ユーモア・皮肉

 

6月11日

病室陸中小坂の雪沓など掛けてある。満州の曼荼羅。外は雨後の空心地よく晴れ庭の緑したたる。これほどの心地よさこの数十日絶えてなかったこと。

 

6月12日

夏の日よけに糸瓜夕顔の棚を作る。

 

☆☆☆

6月13日

西洋と日本……神戸牛は世界一の上手さだが量が少ない。いちごも甘いが食卓に廻らない。サクランボもしかり。大きなものは大味。小さなものは小味。日本は、島国で小味だが旨みがある。詩文も小品短編がいいし、絵画もそう。大きくし、量をふやすのもいいが、日本固有の旨みを無くさないようにしたい。人種改良計画も成りばかり大きくて品性の無い人間にならないようにしたい。経済性と小味なうまみ

 

☆☆

6月14日

試験1・カンニング……試みに大学予備門を受けた。カンニングもして、たまたま受かった。受かってからも、逍遥について勉強したりした。試験で英語で答えている学生がいたが後の美妙である。数学も大変で落第した。逍遥・美妙

 

☆☆

6月15日

試験2―数学は好きになった。カンニングは不正で卑怯としなくなった。喀血後は試験がいやになった。哲学の試験苦手。試験勉強しようと向島の木母寺の茶店の二階に篭城。散歩をしたりで勉強はあまりしなかったが及第した。

 

☆☆

6月16日

試験3―明治二十四年、九月、大宮の公園万松楼で試験勉強。黄塔、漱石もやってきた。その暮れ、駒込に住み、勉強は、俳句ばかりやった。二十五年、落第。試験の仕納め。

 

 

6月17日

東西論……名古屋より東は朝、飯と味噌汁……西は冷飯と漬物

 

 

6月18日

鼠退治

 

☆☆

6月19日

美の判断。独り決めに限る。良いのと悪いのと。

 

 

6月20日

お水取はじめ日本の古くからの祭り、行事の記録を!

 

6月21日

各省の門番の横着。驕る場所がない。丁寧に対せ。という鳴雪は有道者の言。

 

 

6月22日

歴史で年月を暗記させるのは意味が無い。

 

 

6月23日

刺客はなくなるかなくならないか。

 

 

6月24日

暗殺。名言があれば。

 

 

6月25日

中村不折(一) 洋行に餞の言葉。二十七年三月、初めての出会い。汚い服装と素晴らしい絵。大意を伝えるだけで的確な絵を画いてくれた。「小日本」を見よ

 

 

6月26日

中村不折(二)―日本画家でない不満があったが、その後感心し俳句にも影響を受けた。挿絵画家に対する考えも変った。明治二十七年、雪舟の絵を教られ、二十八年戦争から帰った後も絵を見る心が育まれた。〈不折君のために美術の大意を教えられし事は余の生涯にいくばくの愉快をそえたりしぞ、もしこれなくば数年間病床に横たはる身のいかに無聊なりけん。〉

 

 

6月27日

中村不折(三)―貧しかったが余裕が出来勉強に励んだ。服装汚く、耳が遠く、嫌われもしたが、幅広い題材をこなし、画家にして論客。

 

 

6月28日

中村不折(四)―常に絵のことを考え常に勉強している。信州人の特性であり、不屈不撓の精神を持つ。どんな依頼にも応じ締切りを守る。

 

 

6月29日

中村不折(五)―不折と為山。対照。大景にこだわるな。西洋へ行って大いに見聞を広め太って帰って来い。上手になりすぎないように。

 

 

6月30日

羯翁の催し(見舞い客)

 

 

7月1日

「病状」―健康な人は蚊が出て騒ぐが、病人はそんなこと言っていられない。

 

 

7月2日

すし―寿司は本来、なれずしで握り、散らし寿司は雑なるべし。

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これらのうち、☆☆☆をつけたものは、是非読んでいただきたい。全部とは言わないまでも、多くのものが共感を得て、さらに他の短章も読みたくなることであろう。

 特に、冒頭の一月十六日は、結核患者で、死を決定づけられた身ながら、百年後の二十一世紀を迎えた日本がいかになっているかと思いを馳せているところ、子規の気宇壮大なることを感じさせる。それは、五月二十六日の、書簡に関し、明治百年の書簡は、どんな風に表記されているか想像しているところにも通じる。目先のことだけでない、遠くを見通す思いがあるのだ。

 病は、日に日に苦痛を増して行くのに、ユーモアの精神を忘れないのも凄い。

 閻魔大王の前でお迎えの話をするところなど泣き笑いのおかしさがある。人間が空気と同じ比重になればという科学的な発想、太陰暦と、太陽暦の違い、日本と西洋を比較して、日本には大きさはかなわないが、旨みにおいて勝ると洞察力を示している。

 紙数も尽きたので、あとは、読んで戴いて各人に魅力を感じてもらうしかないが、随所に汲めども尽きぬ面白さを隠し持った、実に魅力的な随筆集なのである。

 これらの、短章を草しながら子規は、そこに僅かに残された命を思い切り燃焼させていったのであろう。その、残された命の輝きが我々読者を打つのである。

 ぜひ、『墨汁一滴』に触れて、貰いたいものである。
                (「解釈と鑑賞」平成13年12月号)